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信を固めるとは?

信行学が大事と伺います。ではなぜでしょうか? 私の経験を含めて、解釈してみました。 ●信と学との関係 「信を固めるために、学がある」とは、 どういうことでしょうか。 それは、 「信じる」の裏側である「惑わされない」ため。 言い換えますと、 惑わしてくるものの”浅さ”を知り「そして足りない部分を気づき、相手の惑わせようとする意図に気づくこと」。 これは、自身や縁する人の防御に使える、と思います。 人は納得したことは行動できる(言動一致)。納得していないことを行動することは苦しい(言動不一致)。 納得してしまえば、「惑わしてくる人の求める(その人に利のある)行動」を自身がとらなくなる(言動不一致になるので)。 ●信と行との関係 「信を固めるために、行がある」とは、どういうことでしょうか。 それは、 信じるの言い換えである「信じざるをえない」ため。 自身が行動して得られた結果は、信じざるをえない。 仮に自分が惑わた場合(元本の無明)でも、元の軸に戻してくれる磁石の働きを自身の中にもつことができる、 と思います。 ●では信はなんのため? 「信じる」しか「これからくる宿命転換の大難」に立ち向かえない。 つまり、 学(理屈)では、未来はわからない。 行では、向かう方向が定まらずぐるぐる”行動”だけしてしまう(解決のための行動ではなく、行動のための行動になり得るおそれがある)。 ●信じる。何を? 開目抄にあります通り、 「大聖人の行動と結果」を信じること(人本尊(にんほんぞん)) と、 「大聖人が教えてくださった仏の出し方(法本尊)」を信じる。 この2つ、と思います。 そして、この2つを「現代風に実際に実行された、大先輩が池田先生」。だから、師、だと思います。 以上

初挑戦!ボイスアクション

●はじめに  人生で初めて、公明党の青年局として、ボイスアクション活動へ参加しました。 何をするのか、どうするのか不明で参加しました。 結果、元気になれました(私が)。そして、人へ訴求する大訓練になりました。 ●どういう活動なの? 合計1時間(45分活動+15分議員さんを交えて懇親会) 場所は、外(公園、道などの公共の場)※建物の中には入らない。 3人1チームで行います。 活動内容は、 ①事前にボイスアクション用のシート(リーダーが自前で作成済)を持って ②通行人に声をかけて ③公明党が重点的に取り組んでいこうとする5項目(※1)の中から「関心のある項目」にシールを貼っていただく。 ④お礼を言う。 ●行動の結果の定義 シールを貼ってもらい、通行人に公明党とその活動内容に縁してもらえた数。 ●結果の出た行動 「公明党の青年局です。政治に対して声を集めています。」 「1分ですみますので、率直にご意見いただけませんか?」 「このアンケート結果は、岸田総理に届けます。」 「学生でしたらXXについて興味が強いようです(その人の立場に近い人の意見を参考に)」 「社会人でしたら、YYについて意見をいただいています」 「家庭をお持ちの人でしたら、YYについて意見をいただいています」 「過去、この活動に寄って、スマホの料金を減らすことに繋がりました(実績を伝える)」 「(成人式のあとの人は)成人式おめでとうございます」 ●うまくいかなかった、行動 相手が他のことに注意を払っている時(子供連れで、子供が騒いでいる時) 相手がデートに夢中の時(映画を見に行く前で、ワクワクしている) あまり会話の無いご夫婦(距離が離れて移動している人) ●うまくいったチーム 身なりを整えている(ジャケットなど) 女性が1人含まれている(安心感) 人が通る道の角、見やすい場所を陣取っている(立地条件) 議員がいる(スペシャルな人) 笑顔から入る。 断られても、次だ次、とすぐに切り替えれる。 ●うまくいかなかったチーム 日陰に陣取っている うるさい場所(バス停の近く、車横断の近く)に陣取っている 他のチームの良い立地の「移動後に陣取っている」(もうしました、と言われる)。 服装、髪型、靴がしわしわ。 笑顔がない。 ●参考 (※1)https://voice-action.net/ 1.命と暮らしの安心...

座談会での鍛錬(御書講義)

<はじめに> 私は、昨日(2022/4/14)、御書講義という場で鍛錬できました。 そして、「講義後に、フィードバック」を頂きました。 <状況> 場所は、学会の会館の1室。 椅子に座っている20人程度の学会員に対して、対面(リモート環境ではなく)です。 題材は、2022年4月度の大白蓮華の題材である「四菩薩造立抄」 相手は「老若男女」「地域のリーダー」「幹部」。 ※基本的に私より学会活動が長い人だらけです。 <話した内容> 先日のブログに紹介したスクリプトをお伝えしました。 こちら <講義の姿勢> 今回、意識して鍛錬しようとしている箇所になります(御書の内容以外)。 どんな姿勢が、人はすんなり聞くのでしょうか?聞いてもらえるのでしょうか? これをテーマにして、鍛錬しています。 ※基本は、池田先生のスピーチです。スピーチ動画を観察し、気づいたことをメモ。真似できそうなことを真似しながら。 まず、マスクを付けたままですから、遠い人にも聞こえるよう「声の大きさを上げました」・ 次に、「響かせることに注意しました」 コトバが早いと、急かすと内容が耳から入ってこないかもしれないと思ったからです。 ”響かせる”を意識して声をだすと、自然と文脈の間に間ができます。 この間で聞いてくださる人に「あ、そういうことか」という”文脈を吸い込む時間”を作ろうとしました。 次に、緩急をつけ、お手紙の内容が頭にシーンとして(感情として)、共感できるよう工夫します。 (大聖人からの手紙の内容に合わせて、「叱っている時」「褒めている時」「慈しんでいる時」を表現できないか、と。大聖人の声の代わりを、私はしているんだー、という意識です) 最期に、聞いてくださった人(最後尾の人、目があった人、リーダー)に、次回の講義のための姿勢についてのフィードバックをもらいます。 私の話し方や姿勢が、実際に、どう感じられたのでしょうか?これを立場の異なる他者の目から教えていただける。座談会の強みです。凄い鍛錬の場だと実感しています。 「目的は、御書講義を通じて、”大聖人凄い!先生すごい!題目したくなった!私の今の状況って少しまずかったな・・・など、発心をして帰っていただくこと」です。 これがずれていないでしょうか?「単にいい話を聞いたー、で終わっていないでしょうか?、池田先生ならどう、話されたのでしょうか?」 P.S...

【体験談】信心と結婚

過去、私は学会宣言を結婚相手にし、結婚相手が離れていった経験を持ちます。 その時に驚いたことを一つご紹介します。 <起こり> 少し昔、IT屋を集めて会社を創業しました。その時、元お客さんの一人である女性に「仲間になってほしいと思って(経理、事務などのバックオフィス全般)」しきりに声をかけていました。一緒にお酒を飲みにいって、仲間になるよう口説いてました。 そして、付き合うことに。(なお、創業した会社には参加せず)。 半年くらい付き合い、デートを重ね(ベンチャー企業の創業・経営の隙間時間だけでしたが)、会社の初年度(1期)をきちんと黒字で決算できたタイミングで、結婚を申し出ました。 相手はうなずいてくれました。 と、ここまでOK。結婚相手の父とのご挨拶のため、父のことを伺います。 すると、どうやら父はとある大企業を経営されている方だったらしいです。そして、(結婚相手が父に対して)私が10年以上1つの会社を勤め上げ、IT屋としての実績(元お客さんからみた)、私の人柄、今の創業した会社が黒字経営に落ち着いたなどの情報を結婚相手が伝え、結婚にかなり前向きでした。 プロポーズし、結婚相手はうなずいてくれました。 <突発> ですが、ここからでした。 プロポーズ翌日、結婚相手が家に来て質問しました。 お互いの家の氏・素性を交換して欲しい(父に言われたようです)。そして、「宗教、何か入っている?」と。私はすぐに答えました「創価学会に入っています」。 結婚相手は「ふーん」という感じ持ち帰り、父に伝えたそうです。 すると、父が結婚相手に言いました。 「もしageofsokaと結婚する気なら、ageofsokaさんが創価学会を脱会するか、(結婚相手と結婚相手の父との)親子の縁を切るかのどちらかにしろ」と。 態度急変。 結婚相手は動揺しました。そりゃそうです。そして、私に言いました。 「ageofsokaさん、、創価学会をやめてくれませんか」と。 私は瞬間答えました「創価学会をやめることはできません」 別にその時、学会活動に熱心だったわけではありませんが、瞬間、次のことを心の中で思ったのです 『もし、私が創価学会をやめて信心しなくなったならば、あなたが大病にかかった等の大変な状況のときに、救ける術がなくなるではないか。幸せになっていく結婚をしていくために、幸せでなくなる道を選べというのは、...

【体験談】扇子の縁(えにし)

●はじめに 一昨日、金剛堂へ訪れました。 自宅の御本尊様の前で、題目をしていると「扇子が欲しい、無性に欲しい」という思いに駆られたのです。 私は、日常で扇子を使っていませんが、なぜか、そう思い立ったのです。 そして、電車に乗り、扇子を買いにいきました。 店に到着した時、店員さんとおばあちゃんがテーブルで会話してました。私を含め計3人。 私は店の中を1廻り。目的の扇子を入手しました。 レジにもっていくと、店員さんがコーヒーを出してくれました。 少し休憩しようと、おばあちゃんが座っているテーブルの前の椅子に腰掛けて温かいコーヒーを楽しみます。 ●会話 おばあちゃんと目があいました。笑顔で答えると、会話が何気なく始まりました。 「どちらからきたんですか?」と。雑談開始です。 何してる人なの?学会員さん? こちらの方ですか?いつもこのお店にいらっしゃるんですか?などなど。 素性の探り合いから始まり、受け答えなどの人となりを交流しながら掴み合います。 するとおばあちゃんが、ポロッと言いました。 「宗教ってなんでしょうか?」と。 「おっ、」と思いました。 初対面の見ず知らずの男性である私に対し、かなり、突っ込んだことを話題に選ばれておられる。 「何か、、抱えておられる。何かを話したがっている」 姿勢を正し、おばあちゃんの目を見ながら、体を正面に向けます。 「聴く準備、整えました」をアピール。 おばあちゃんの声を待ちます。 再び深く言いました「宗教って、なんでしょうか?」 ●宗教ってなんでしょうか? ぼやっとした質問です。ですので、この質問をする意図は何か?をひっぱりだすことを目指しました。 まず、「宗教」という概念についての共通認識を揃えようとします。私にとっての当たり前を、確認して土台作りを行う。「宗教って、人それぞれの価値観で見え方違っていると思います」と。 すると意外な反応「それぞれ、そうですよね。。」と。 ん!?その部分で共通認識が違っている。 (言い換えますと、このおばあちゃんは人それぞれではない=単一である、と認識されている?) 唯一神(絶対神)のように日蓮仏法を捉えられておられるのか? それとも日蓮仏法以外の宗教との縁に悩まれておられるのか? すぐさま話を変えます。相手が切り出しやすそうなキーワードを並べてみます。 「キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教」など色...

戸田先生のご叱咤2連撃

  ●<はじめに> 私は、自身の個人事業を元に法人化を計画しています。 そのため、過去の創業体験(5種類)の失敗・成功を思い出しつつ、題目を上げながら以下のように思考を進めていました。 ①一つ一つ頭によぎっていることを、粒度を問わずノートに書き出します。 ②書き出されたものを見ながら、気づいた粒度を細かくしたり、 荒くしたりして今の私の境涯から見た目標をより具体的にしていきます(心の赴くままに) ③その目標を達成するための具体的な手段や、必要となる縁(準備物)をイメージして書き出していきます。 あっというまに2時間程度題目があがりました。 頭の整理(計画、具体的行動のイメージ化)が少し進んだので、一息入れました。 ●<働き者、諸天善神> その直後、(休憩がてら)何気なく見たSNSのトップに戸田先生のご指導が。 『 本部で厳しく禁じているにも関わらず、学会員同士で共同事業を行うという幹部がいるとすれば、それは真面目に信心即生活を実践していない証拠です。 』 ドキリ。 『 信心していれば、事業の方はなんとかなるだろう、学会活動さえしていれば棚からぼたもち式になんとかカネも手に入るだろう、そんな甘い考えでいるのは大謗法です。信心が強くなればなるほど、金銭に対しては厳格な態度で臨むべきです 』 ドキリ。 いきなり休憩時間に戸田先生の叱咤パンチの2連撃を受けたのです(ご指導を二度見しました)。(いやはや休憩になりません) 確かに。。 そのような心が奥底にあったんだ と感じます ( それがあった、と感じる理由は、このご指導を受けた時に”どきり”としたため。そして軽い反発(これは私にあてたことじゃないよな、考えないでおこう、、とういう増上慢の気持ち)が生まれたためです )。 諸天善神が(SNSという姿に化けて)届けてくださったのです。 すぐに反省しました。 そして、この後の題目で、私の心にある奥底が「広布のため」なのか「私自身の浅い欲を満たすため」なのかを変えねばなりません(もし奥底が私事ならば(広布のためでなかったならば)過去の創業体験(のうち、負けたことのある経験)上、何をしても最終的に負けます)。 そして、今のこの投稿(日記)に至ります。熱々の気持ちのまま、この投稿を書きなぐっています。 でも、、ありがたいことです。 「信心については、必要な情報がぱっと顕れる」現象...

鞄の中の「ブラボーわが人生」の力

「ブラボーわが人生」という書籍が、第三文明社から出版されています。 私はたいてい本屋や聖教新聞で新たな本と縁するのですが、この本との縁は少し特殊でした。 ●はじめに 私は新たな仕事のため上京しました。そして、仕事の成功をご祈念しようと信濃町にでかけました。そして(コロナ禍の前でしたので)信濃平和会館で勤行をあげました。 2Fである程度満足するまで勤行した後、1Fにあるフリースペースでお水を頂いていました。そして、偶然お水を飲んでいる時に、その壮年部の方も水を汲みにいらっしゃいました。せっかくなので雑談を楽しもう、と思い私は声をかけました。 ●壮年部との交流 私「こんにちは、私はxxから来ました。あなたは地元の方でしょうか?」 壮年部「いえ、宮崎県からきました」 そこから少し色んな雑談になりました。その中で私は「何かオススメとされている本ありますか?」と。すると壮年部の方がかばんの中から「ブラボーわが人生」を出しました。 そして、48ページをお開きになり「死は衣替え」の箇所をお話になりました。 私は、このフレーズが気になりました。そして、どういう内容なのだろうか?と思いました。「この箇所(死は衣替え)がなぜ心に残っているのでしょうか」 すると、壮年部の方は自身の体験談をお話くださいました。 ●壮年部の体験談 壮年部の人は、「私の母が他界したときのことですがね」と話を初められました。 そのお母さんは、自身(壮年部)とその弟さんのことを気にかけておられた。 しかし、その弟さんは信心が薄かった(していない)ようです。 そして母の通夜の時に、壮年部と弟さんは、母の顔を見ながら「題目を2人ではじめてあげた」と。 すると、他界しているはずの母の肌が、どんどん艶っぽくなっていった(若返っていったように見えた)。その姿を見て、壮年部と弟さんはびっくり。美しい相だったと。 死後硬直で固まっていた腕も、その硬直が解けてゆったりした姿になられた。 その変化を目の当たりにした、弟さんは、その後信心を始めたそうです。 母は死しても息子(弟さん)を折伏したのでしょうか。 それを、壮年部の方は熱を帯びながら目を輝かせながら。迫力のあるお姿でした。 私は素直にその話を信じました(ですからこの話が頭に残り、このような場で投稿ができています)。 私は、ブラボーわが人生のタイトルを見ると、この宮崎県の壮年...

お金を使うって訓練について

私は、以下のように考えて年一回、広宣流布のために自由に使っていただけるお金を寄付しています。 その中で身で読んだ(行動したことにより得られたもの)をご紹介 します。 ①(私自身の中にある)お金への執着との闘い  お金を使って、本当に欲しい物を集める。お金は道具だからです。そして、大事なものです。実は、欲しい物のほとんどはお金で手に入りません(見かけ上は手に入っているようにみえます)。 ですから、本当に欲しい物を手に入れる補助としてお金を使う訓練が必要なのです。 (どういうことかといいますと、私はお金がほしいのではなくお金をつかうことによって得られることがほしいのです。私はお金コレクターではない。しかしな ぜかお金ばかりみていると見失ってしまう生命のクセがあります。このクセとの闘いです )。   ②私が会館を利用するための必要経費  私自身を鍛えるため、そして鍛えられている人と出会うための場所です。また、地域の緊急避難所でもあります。  この場所(駐車場もあり、申請をすれば自由に利用できる大きな、きれいな設備は、私の生活の中で必要だと思っているからです。 ③大きなお金(法人などのレベル)を使う練習  私は法人としてのお金の使い方を決める時期がありました。  法人としてお金の使い先を決める場合、いくら使うと同じように大事な「どこに使う」という要素で頭を悩ませていました。いくら使うを決めるのは私自身(法人代表として)ですが、「どこに使う」は協力会社さんとのサービス契約にあたります。  ですので、「必要なお金が揃っている」 且つ 「お金を使う先が良縁である」必要があります。しかし、大きなお金を使う経験不足でしたので、費用対効果が悪く、結果、私の法人の助けにあまりならない」ことを身を以て知らされました。  (例、プログラマが成果物を納期以内に完成できていないな)   だから、「 (この法人が持つ)お金の使い先(縁)がすごく良くなる 」ことが必要です。  経営的には、 (十如是の一側面を強調している)ノーゲイン、ノーペインの原則 と言ってもいいでしょうか。 ④まとめ   つまり、「お金を十如是の法理」に当てはめてみますとこのような働きをしてくれます。  広布のためと目的を決めて、手段としてお金を使うと、  お金自体の境涯(価値)が変わり(如是力)、同じ金額でもより良い品や協力会...

題目前後の変化とは!?

最近、 御本尊様に向かって題目をすると、ふと思います。私の感覚が題目中の短い時間で、変化していくなぁ、と。以下のように変化していきます。 ①題目前 :1時間もするのかー(渋々。でも決めことだし、5分でもいいや) ②題目中(悩みが隠れている時):1時間でいいのか ③題目中(悩みが顕れている時):1時間しかできないのか(まだ満足しきってない) 自身ので、題目の捉え方(深さ)が変わるということを、段階に分けて振り返りました。 そして、この感覚の変化に伴ってだんだんと自身の中からエネルギーが湧いてきます。 私の中から、何か(エネルギーと表現せざるを得ない)が、どんどん出てきます。それを1時間上げきると、「あ、エネルギー溜まってる!」と確実に感じれます。そして行動したくなる。 だから、私は、この効果を有効に活用しようとしています。歴戦の猛者(題目の鬼)ではないので、エネルギーを貯めるのにひーこら言ってますから。使い所が大事なのです。 どのシーンでこのエネルギーを使いたいか!? 一番有効に活用する場面はやはり、他者との交流時。 出てきたエネルギーを、大事な人との時間を作るために使い切ろう、と決めます。そして足りなくなったら補充(題目)。 具体的には、大事な人に会う前に題目をあげておきます。 すると、私自身の準備が整うのか、心が落ち着き、その人と関連のないことでイライラしなくなります。 きっと、声を出す、一点を見るため集中する、呼吸を浅く速く、深くゆっくりと整える。体の姿勢を正す、といった身体的な効果も得られるのでしょうか、心だけではなく、体も動くための準備が整います。 生命の汚れ(雑草取り)を取ることと表現できますが、 心身に余裕が生まれることで、無意識の行動に丁寧さが生まれます。とっさのことにも余裕のエネルギーを使うため崩れません。 だから、生命力あふれる姿で、人と出会う。自分の機嫌を自分で取ろう、と心がけております。これが、次に勝つ因を創っていると思います。 (逆に、生命力が少ない状態で人と会うと、自分のことばかりになりがち。次に負ける因を創ってしまっていると思います(その人が心の底からもう会いたくない、と思われてしまうと思いますから) 一日に、複数の人と交流する場合は、移動中に胸中題目です(カロリーメイトを食べて一時的に栄養補給するが如く)。

訓練された人ってどう見える?!

本日19時より、創価学会会館にて「第二回青年本部幹部会」という上映会がありました。私は、活動家である男子部の方に連れ出し(送り迎え)をしていただけました。ありがたいことに(いつもは徒歩なのです)。 すると会場には男子部約30名が集まっていました。 今回参加した後に思ったことは、 活動している方々ってすごいな !と実感しました。私が気づいた範囲でお伝えします。 ①連れ出しをするために、各自の家に車を運転して一人一人乗せ、送り迎えを行っていました。 連れ出しは、会合に集まるために有志で行っています。しかしこ の連れ出しには凄さがあります。それは、以下のようなことを自然と行えている点 です。 (A)会合開始時刻に間に合うよう訪れる家庭のルートを頭でさっと計算できる。 (B)軽自動車(小回りのきく車)を円滑に運転でき、訪問を行う人の家の駐車場などを把握する。 (C)(車内には「初めて顔を合わせる人」であふれかえる状態となることもありますので) 運転しながら車内の雰囲気を盛り上げる役を行う 。 (D)搭乗者の会合へ到着時のテンションを少しでもあげようと、 搭乗者とのコネタの準備を怠っていない 。 ②会合自体の準備 オンラインでの接続、会合終了時点のオンラインでのご挨拶を配慮しています。 清掃、椅子の整理。 スクリプトの作成。 式次第の調整と登壇者の手配や調整。 これらの行動を仕事後の休日を使って行っている。 また、不参加だった人への配慮や会合での写真撮影とともに池田先生へ報告 つまり、 多くのタスク、多くの人を配慮しながら、交流する場を創り出しています 。 超裏方。そして超最前線。一人何役もこなせるのです。 参加者はこの交流できる場の上で、無理強いなく他の学会員と交流を楽しめるのです。 鍛えられた男子部の精鋭とは、、とんでもない集団です。

男子部大学校の面談って何したの!?

 男子部大学校への入学前の面談を行ってきました。その時の状況を投稿します。創価学会の男子部の面談って何をするの!?と思われている方へ届きますよう。 ●面談時のシチュエーション 少しでもイメージできましたら幸いです。 場所は、最寄りの創価学会の会館です。 面談は3人(私、面談者、推薦者T)。 10平方メートルくらいの部屋に私服姿で入室。合計30分位実施。 ●面談内容 まず、題目3唱(面談者が導師、3人で呼吸を合わせられるかを確認されたと思われる) ※題目って、その人の生命状態がモロに包み隠さずでますからね 次に面談者から「人となり」を知りたいということで、いろんなことをお聞きされ、私がそれを答える形から始まりました。 ※活動をしていく中で、配慮が必要となる点が多くあるからです。 ①生年月日 ②家族構成(入会状況、現在の住まい(1戸建?マンション?) ③入信日(私の場合は、生まれた月から1ヶ月以内) ④誰から折伏されたか(私の場合は、母) ⑤学校卒業後から、現在までの生い立ち  (私の場合は、10年間システムエンジニア→創業→マーケティング→自営業) ⑥大学校への入学を決意した内容(私の場合は、魅力的になり助けたい人がいる、だからもう一度社会人として学会員として訓練し直したい) ⑦大学校についてどのような認識をお持ちか? (私の見解は、「男として、社会人として基本的な習慣を身に着け、社会で活躍するための基礎づくりを行える場。そして、多くの職種や事情の方とリアルにであい縁をどんどん広げることができる場」と回答しました。同じ認識であったようです。) ⑧どのような活動をするときいているか? 主に今年は以下の活動を目標としてチャレンジしていく(F取り、折伏、新聞啓蒙、御書講義、生活リズムの習慣化)。そして、基本的な習慣を見に付けていく。 次に私からの質問タイムでした ①学会と足並みを揃えて活動をしてきたわけではないので、時期に合わせて舟を漕いでいくことがわからない(だから、過去、学会が行ったが現在はしてはならなくなった行動なども分かっていない) →これは、どういう行動をしていくかを推薦者などに相談していきましょう、とご回答いただきました。 ②私は我流で信心をしていた期間が長いので、思い込んでいる事が多い(気づく機会が得られたら嬉しい) 最後に3人で題目三唱。 以上 P....

魔を乗り越えるって?

  ●座談会前日のこと 先日、座談会へ御書講義のために参加しました。 初めての御書講義(私から志願しました)です。 一生成仏抄というお手紙に対して、大白蓮華という教材を見ながら、話をします。 話す相手は、歴戦の創価学会員です。 講義などおこがましいです。身で読まれている方が相手なのですから、中途ハンバなことはすぐに見破られます(見破られても、否定や批判にはなりませんが 、周囲の目は生温かくなります ) 少し考えた末、「私の見解を述べながら、日蓮大聖人がいわんとされていること(お手紙の意図)」へつながるストーリーに軸を置くことにしました。 (私の見解=点、日蓮大聖人の意図=点。その点について話すのではなく、点と点をつなぐ今の私の 境涯そのままの線 をきいてもらいたい、と。点自体のレベルが低いのはしかたなく精進しますが、 私のありのまま向かう方向がずれていないか、を確認いただきたかった のです) ●座談会当日 元気いっぱいに参加しました。LINEグループをオンにし準備万端。ふと思いました。「あれ、魔がこないな、きてないな」と。 普段していない学会活動を始めると、多くの場合、その学会活動中に「魔の働き」が起きることを体で知っています。でも、今回の場合はその魔の働きが出てきません。 あれ、、と。 そして、座談会開始。私の御書講義開始は20分後でしたが、その20分間でいきなり以下の症状に見舞われました 「頭が重い」「人の言葉が入ってこない」「LINE上でみる学会員の顔をみるとムカムカする」「逃げ出したくなる」 すぐに思いました。「 これは魔の働きだ! 」と。即座に胸中で題目。座談会のリーダーや他の人の一言に対しての余裕などありません。 そして、私の出番。なんとか御書講義(5分間)を乗り越えました(スクリプトを創っておいてよかった)。 驚いたのはその後のことです。御書講義後、私の症状は一変し、以下のような状態になりました。 「頭がすごくすっきり」「(誰に褒められるでもないのに)凄まじい達成感による快感情」 いわゆる生命力あふれる状態になった のです。 座談会は、すごいです。内容がどうこうより、その参加者がすごい。生命力に溢れている。 ありがたいことです!

ご本尊授与式①の続き

(本尊流布へお誘いを受けた)Tさんから以下の連絡をもらいました。 「 御本尊授与式ですが、人数制限がかかり、参加が難しくなりました 」 すぐに「わかりました、連絡ありがとうございます」と返答。 その後、 題目をあげながら、この件について自問自答しました 。 ①ご本尊流布ってあらためて思うと、私はどう捉えているのか? その方で一生に一度あるか、ないかの儀式と捉えています。 きっと、そのご本尊流布される方は、創価学会という知らない世界に飛び込み、生き方を変えて幸せになろうと決意されたのでしょう。 そして、その決意に対して、創価学会の先輩たちが敬意を示す場なのだろう。きっと、座談会などの集まりのように笑顔で明るく温かい空気に包まれるのだろうと思います。 ②私はこの「参加表明したが、参加できなくなった」ことに対してどう捉えているか? 参加できなくなったことに残念です。 そして、自分自身の題目の少なさをなぜか実感しています。 なぜなら、私はどうやら(知的好奇心を満たすというような)物見遊山的な軽い気持ちで参加表明をしていたようです。本尊流布のことを軽く(言い換えると、当たり前)のように捉えている自分がいる。福子として生まれたときからご本尊がある生活であるので、あることが当たり前なのだと。 話によると、御本尊流布を決めてから、実際に授与するまでの間、「多くの葛藤や難」が襲い来ると。それも「授与を促した側(折伏した人)」および「授与される側(折伏された人)」の両方で起きる、と。現場を見たことがないが、先輩方がそのようにおっしゃっていた。授与を邪魔する働きが発生するのだと。 その邪魔する働きを抑え込んだり、減らしたり、避けたりするため、このご本尊流布の話をきいた創価学会の先輩方は題目をあげる、と(過去、自身が通った道なんだとおもいます) 私はその経験がないのです。だから、物見遊山と表現しました。そして、題目が足りていない(きちっと祈っていない)ことに気づいたのです。 私は私のことをする。 しかし、このような機会に縁できたことは、私にとって進歩です

ご本尊授与式①

 大学校への面談日に、 同日同場所で壮年部の方のご本尊流布が行われる とのことです。 参加してみますか?と誘われたので、即座に「はい」と回答しました。 私は福子であるため、特段意識せず母から障壁なくもらったので、そのような福子でない方へのご本尊流布はどういう場や流れになるのか、知りません。その知らないことを埋めるチャンスです。 珍しいタイミングなので、時と場所がぴったり合う。うーん、不思議です。 追って内容を記録していこうと思います。

男子部大学校って何?

3/5のこと 男子部Sさんと食事をしました。私の体調を考慮してくださっていて様子をみてくださったようです。 基本的には雑談です。 雑談が上手い人で時間がすぐにたちました。 笑顔いっぱいで前向きな人だなと思います(過去この方も色々な障害を乗り越えてこられた、強い人)。 ①お誘い 話が進む中(※1)、私は「私自身のこういう内面が原因で、こういう苦しみを作り出してしまい理性では分かっているがどうしようもない状況」であることを自分なりに伝えました。 そして、 「男子部としての大学校」という自身をいろんな角度から鍛え直す場 があることを教えてくださった。 ②入学届けの提出  3/6のこと。 男子部の方2人(Sさん、Tさん)が自宅へ訪問くださった。 ふたりとも過去、男子部としての大学校を1年間実施され、卒業された経験を持っておられた。 な(コロナ禍でやり方が変わったらしいですが)当時の男子部大学校時代の活動内容や入学きっかけ、そしてその中で得たものを詳しく伝えてくださった。辛かったことも楽しかったことも。 社会にでて「もう一度学びなおしたい」人のチャンスタイムとして捉えています。 以前より親交のある方2人であり、素直に話をきけました。 コトバを前向きに選びながら率直な物言いができるTさん。 物事を軽くできる視野を持つSさん。 私は、この二人の過去の行動を知っています。口先だけではないことを知っています。 そのため決意しました。 本日は「大学校への入会届」に記入し提出しました。 ※記入した内容は「①私の部署、②私の本名、③推薦者の本名(Tさん)のみ、でした。 ③今後の動き 3/13に創価学会の地域にある建物(会館)へ私と推薦者Tさんの二人で出向き、大学校を管轄されている方(総県男子部長のYさんとYGさん)との面談予定です。 その面接後に入校式(3/20)が行われます。スーツ姿で参加予定です。 ④目的 大学校への入学目的は、以下としています。 (A)信心を始めて御本尊様を流布頂いた後に、具体的にどういう行動(習慣)をして、幸せを創っていくのかを知りたい (B)信心を初めた方はどのように変わっていくのか、を実際にリアルに体験したい(酸いも甘いも含めて実際のところを知りたい) 私のエリアでの今年の大学校生への挑戦は4人(私を含む)だそうで、これからお会いすることになります。 Tさん曰く...