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ラベル(私の功徳体験)が付いた投稿を表示しています

私の功徳体験3

  ①事象 私の小学生時代。 私は喘息に患っておりました。 すぐに呼吸が苦しくなり、気管支炎用の対策(のどに直接薬をあてる)が無いと、生活できませんでした。 喘息を発症するタイミングは不明で、一度発症すると長時間動けなくなります。 その間、周囲の目にもさらされます。また、薬を取り出す必要があるのですが、その薬をとる行動を酸素不足でとれない。 そして声をあげて「薬をだしてください」と助けを求めることもできないのです(呼吸ができないので)。 そのため、私の症状に理解のある方の支援が必要でしたので、私は、移動に制限がかかっていたも同然でした。 これに対して、母は「私の喘息の治療」を目標として、かなりの時間、題目を唱え続けていました。 それから数日してからのことです。 なぜか、私が全く喘息を起こさなくなったのです。場所(すみか、学校)を変えて空気の良いところへ引っ越したわけではないのに、です。 一応、私は喘息の対策薬を持ち歩いて万が一に備えていました。しかし、結局、この投稿をしている今の今までその対策薬を全く使用していないです(持ち歩いてもいないです)。 それどころか、水泳(呼吸が荒くなる行動)もできるようになっていました。 ②私の主観 母の題目のおかげです。小学校時代に苦しむ姿を人に見せ続けることなく、周りと同じように水泳を楽しむこともできた。 ご本尊さま、ありがとうございます。呼吸ができること(呼吸していると苦しくないこと、当たり前ではないことを実感しています。ありがたいことです) ③他者からの主観 母は呼吸器系はもともと私も弱かった。だから子も起きるのではないかと思っていた。私は題目で乗り切ったから、子も必ず乗り越えれる。と。 母には頭が上がりません。ありがとうございます! 以上

私の功徳体験2

①事象 私が中学生の頃の話です。 私が学校内で遊んでいた時、扉を開けようとしました。 すると、開けようと思った扉のガラス部分に手をかざしたところ、 私の腕が扉のガラスを突き破った のです。 すぐに先生方が動いてくださり、医師の元へ搬送されました。 医師が「手首の怪我」ということで、優先して診断してくれたそうです。 しかし傷を見た医師は驚きました。 出血がほとんどない。 通常、手首の怪我は動脈が集まっており出血すると、危険だそうです。 なぜ出血が少なかったのか?医師は傷を観察しました。 すると「 ガラスの傷がなぜか動脈部分を避けている 」と。 ちなみに縫合はすんなり終わりました。 ②私の主観 私の手首には今もその傷跡がありますが、 たしかに血管を避けている傷跡 があります。 中学生の頃、私自身は題目を意味がわからないながらも少しだけあげていました。 また、母はスキマ時間をつくって題目をし続けていたことを思い出します。 私は今でも手首の傷跡をみると「不思議だ、本当に血管を避けて傷ができている。母の題目に護られたのだな」と思っています。 後遺症もありません。 ありがたいことです(今こうしてキーボードをその手で打てるのですから)。 ③他者からの主観 母からは「きっと過去に行った宿業を軽く受けた」んだよ。と。 転重軽受の法理というものがありますが、それなのではないかと言っておりました。 以上

私の功徳体験1

  ①事象 私の生誕時のタイミングです。 私が母のお腹にいる間、 母は医師から 「赤子の私が逆子×へその緒が首にしまっている危険な状態である」 と言われたそうです。 通常の出産では首がしまってしまう。なので「帝王切開」しかないが、母体に負担がかかる。 父と母に「母をとるか、子供をとるか」を選択ください と言われたそうです。 しかし 母は懸命に題目をあげ、通常の出産を選択 しました。 そして、母は私を産み 母体も健康でありました (妹、弟も別の年に無事出産している)。 また、 私の首には、医師診断時にたしかにへその緒が巻き付いていたそですが、実出産時には通常の長さの3倍以上になっていた、 とのことです。 その長さ故に隙間を生む余地があり、結果として実出産時には、へその緒の巻きつきが、「首と脇」になっていて呼吸ができる状態になっていたとのこと(「首のみ」ではない)。 そのため、通常の出産でも「私は首が締め付けられずに」生まれることができ、帝王出産ではないので、母体も護られたという体験談です。 ②私の主観 私は産まれて間もないことであり覚えていません。そのため主観はありません。 ③他者からの主観 母はその長いへその緒を大事に持っています。見せてもらいましたが、確かに、すごく長いです。母は、題目による功徳だ、護られた、と言っておりました。 以上