●いつの新聞?
2022年3月12日(土)
●どのページ?
12ページの記事「WITH あなたと」
※無料の聖教新聞電子版で閲覧可能です。
●記事概要
作家・絵描きの坂口恭平(きょうへい)さんが開設された「いのっちの電話」についてです。開設理由は、本家本元のいのちの電話はかけてもなかなかつながらなかった。だから僕がやろう!とされた。
ツィッターで自分の電話番号を公開したと。そのことに対して本紙(聖教新聞)のインタビューア)が多くのことをお聞きしております。
●私の感想
私は、このような電話相談があることを初めて知りました。
「いのちの電話(一般社団法人 日本いのちの電話連盟)」さんの存在(以下からアクセスできます)の個人版を目指されておられる人がすごい!と思いましたの本ブログで取り上げました。
ここで目に止まった箇所は坂口さんの『でも、自己犠牲はやらない。』です。
このお考えって、日蓮仏法の「同苦→抜苦与楽」のことを言い換えておられる、と。
私は以前同じように窮地の人をなんとか励ましたいと思い動いていたことがあります。しかし、なかなかうまく私自身動けていない(成果がでていない)。
そして、私はとある創価学会員にこのこと(窮地の人を励ましたい)を相談しました。すると、このように言われました
「ageofsokaさん、そのような窮地の人との接し方は、同苦です。苦しんでいる心をしっかり受け止めてみようとする。実際にはすべて受け止めれるものではない(AGEOFSOKAさんとその方は違う人なのだから)けど、真剣に受け止めようと聴くのです。その姿勢を伝えるのです」
私は、思いました「すでにしてますよ・・・」と。
しかし、その方はさらにこう言いました。
「ただし、同苦する時にAGEOFSOKAさんが理解しておく原理があります。それは、同苦した相手の今の心が(AGEOFSOKAさんの)縁となり、自分自身もその縁から同じ心が出る、という原理です。その心がでてくるということを注意していないと、無意識に同じような行動を選んでしまう恐れがあるのです」
と。目からウロコでした。そのとおりでした。同じように「一緒に苦しむ」だけ、です。そして、だんだんと私自身も苦しくなっていたことに気づきます(だって、私が相談を持ちかけたくなっているのですから)。
突き放すわけではありません。しかし、(装備も経験もない素人同然の私が)沼に沈んでいる人を助けるために自分も沼にはいってしまうのはふたりとも沈む愚を犯すはめになる。
(信心素人の私には)岸にいて真剣に助ける手段・道具を探してそれをなんとか届けて掴んでもらう」しかないのです。
このようなことを、自然と教えていただける創価学会という環境に、感謝申し上げます。
また、装備を整え訓練をより積んでいきたい(今度は沼に入っても大丈夫なように生命を鍛えておきたい)とも思っています。
以上