聖教新聞を読んだ後、社会に出る前/出た後の学習とは?!について個人的見解をお伝えしています。
●いつの新聞?
2022年3月16日(水)
●どのページ?
4ページの信仰体験記事
●記事概要
若きドクターの信仰体験記事です。
東京都渋谷区で脳神経内科医を勤められておられます。
ドクターですので生半可な勉強を学生時代にされた方です。
そしてその学んだことが、社会に出てからどう活かされたのか?活かされなかったのか?
がまとまって記載されています。社会人向けの良い記事です。
※無料の聖教新聞電子版で閲覧可能です。
●私の感想
この記事には、学習をするときのコツが隠されています。そのコツとは学習前準備です。
本記事で若きドクターはこのようにおっしゃっています。
『当初、1日10時間の勉強を半年続けたものの、模試の結果は振るいませんでした。
そんな時、男子部の先輩から1時間の唱題に挑戦すると、勉強の質が変わると聞いたので、素直に実践してみた。すると、漫然と過ごす時間がなくなり、勉強の集中力が上がることを実感しました』
私はこれを読んだ時、私も同じように実感しました。
そして、集中力が上がる、というだけではないな、とも思いました。
どういうことかといいますと、
1時間唱題すると、人間に備わっている色んな能力も底上げされている状態に変化しているということです。
※題目前に集中するぞ!とか意気込んでいるわけでありません。単純にご本尊様を見ながら題目を休み休み1時間唱える、それだけの行動。
実際、1時間唱題した後は、自身の感受性がかなり豊かになっています。
(言い換えますと、普段気づかないことに気づくようになっています)
(感受性って、自身の感情を揺れ動かしやすい力ですから)記憶力が上がっているようにみえます。
つまり、記憶するという行動は、思い出すために行う事前行動ですから「思い出すことが(感情を伴っているので)苦にならなくなっている」ということです(=結果、記憶力が上がっているようにみえるということです)。
アウトプットが苦にならないから、インプットの質が上がる(=集中力が上がっている)。そして勉強の質が上がる。そして、苦ではなくなるので「長時間の勉強もできるエネルギーがある(勉強の量)」
勉強の質と量を上げるための事前準備が、自然と題目という行動になっているのです。
題目って、すごいなーとまたまた思いました。